やっほー!2000年前の古代人も、僕たちと同じ「観光客」だった!?
みんな、エジプトのピラミッドやファラオのお墓って行ったことある? あるいはテレビで見たことあるよね! 今も昔も大人気の観光スポットだけど、僕たちが旅行先で「ここに来たぞー!」ってSNSに写真をアップしたり、ノートに名前を残したりするみたいに、なんと約2000年前の古代人も同じノリで「落書き(グラフィティ)」を残していたっていう、めちゃくちゃ親近感が湧くニュースが飛び込んできたよ!
しかもその落書きの主は、エジプト人でもローマ人でもなく、はるばる海を越えてやってきたインドからの旅行者だったんだ! 今回は、歴史の教科書がちょっと変わっちゃうかもしれない、古代の超グローバルな「観光旅行」の秘密に迫るよ。それじゃあ、TKちゃんと一緒に古代エジプトへタイムスリップしてみよう!
王家の谷の入り口
そもそも、古代エジプトとインドってつながりがあったの?
今回の舞台は、エジプトにある「王家の谷(Valley of the Kings)」。ツタンカーメンなど、古代エジプトの王様(ファラオ)たちが眠る、世界で最も有名な巨大地下墓地のひとつだね。作られたのは今から3000年以上前なんだけど、実は約2000年前の「ローマ帝国時代」には、すでに世界中から観光客が集まる大人気の観光地になっていたんだ。
当時、ローマ帝国とインドの間では、紅海を通じた海上貿易がめちゃくちゃ盛んだったの。インドの香辛料や綿織物が、エジプトの港を通ってローマへ運ばれていたんだね。でも、これまでの歴史学者たちは「インドの商人は海沿いの港町(ベレニケなど)で荷物を下ろしたら、すぐに帰っていたんだろう」って思ってたんだ。
執念の調査! 壁の落書きから「インドの古代文字」を発見!
ところが、フランス極東学院のシャルロット・シュミットさんや、ローザンヌ大学のインゴ・ストラウチさんたちの研究チームが、王家の谷の岩窟墓(がんくつぼ)を徹底的に調査したところ、常識をくつがえす大発見をしたんだ!
実は王家の谷のお墓の壁には、古代ギリシャ人やローマ人が書いた「落書き」が何千個も残されているのね。研究チームがその無数の落書きの海を虫眼鏡で探すような執念で調査した結果、なんとギリシャ語に紛れて、約30個もの「古代インドの文字」で書かれた落書きを見つけ出しちゃったんだ! これって、考古学的にはとんでもないことなんだよ!
驚きの結果:「チカイ・コラン、ここに来て、見た」
見つかった文字を解読してみると、サンスクリット語やプラークリット語、そして南インドで使われていた「タミル・ブラーフミー文字」であることがわかったの。
その中でも、圧倒的な存在感を放っていたのが「チカイ・コラン(Cikai Korran)」という名前のタミル人商人! なんと彼、王家の谷にある5つのお墓をめぐって、合計8ヶ所にも自分の名前を彫り込んでいたんだ。どんだけ自己主張激しいの!(笑)
チカイ・コランという人物が王家の谷に残した 8 つの碑文のうちの 1 つ。
しかも、彼が残したメッセージを翻訳すると、こんなことが書いてあったんだ。
「チカイ・コラン、ここに来て、見た(Cikai Korran came here and saw)」
これ、ヤバくない!? 現代の観光地で若者が「〇〇参上!」「〇〇がここに来たよ!」って書くのと、思考回路が全く一緒! 2000年の時を超えて、古代インドのおじさんと心が通じ合った瞬間だよね。純粋に「スゲー!古代遺跡カッコいい!」って感動して、思わず自分の名前を刻んじゃった彼の気持ち、僕にはすごくわかる気がするなぁ!
なぜそうなったの? 古代インド商人の超グローバルな教養
でも、ここで科学的な視点から「なぜ彼らはわざわざエジプトの奥地まで行って、こんな落書きをしたのか?」というメカニズムを掘り下げてみよう。
まず、彼らは単なる港町の商人じゃなかったってこと。彼らは紅海沿岸の港で取引を終えたあと、わざわざ過酷な砂漠を越え、ナイル川をボートでさかのぼって、内陸の神聖な「王家の谷」まで観光(あるいは巡礼)の足を延ばしていたんだ。つまり、古代の世界は僕たちが思っている以上に交通網が発達していて、人々はアクティブに世界中を旅していたんだね。
さらに面白いのが、チカイ・コランの「ここに来て、見た」という言い回し。実はこれ、当時のギリシャ人たちがよく使っていた落書きの「お決まりのフレーズ(定型文)」を真似したものなんだって!
これが意味するのは、当時のインド人商人が、自分たちの母国語(タミル語)だけでなく、国際的な共通語だったギリシャ語の読み書きもできた超エリートなマルチリンガルだったってこと。他の国の人が書いたギリシャ語の落書きを読んで、「なるほど、ここではこういう風に書くのがイケてるんだな」って理解して、わざわざ自分の国の文字で同じスタイルで書き残したんだ。当時の異文化交流のリアルな様子が目に浮かぶよね!
チカイ・コーランが残したもう一つの碑文。この碑文は古代タミル語で書かれている。
研究の限界とこれからの未来:まだまだ謎は尽きない!
もちろん、今回の発見ですべての謎が解けたわけじゃないよ。たとえば、彼らがただの「物見遊山の観光客」だったのか、それともエジプトの神々を自分たちのヒンドゥー教や仏教の神様と重ね合わせて祈りを捧げる「宗教的な巡礼者」だったのかは、まだ研究者たちの間でも議論が続いているんだ。
それに、エジプトにはまだ発掘調査されていない遺跡や、解読されていない落書きが山のように眠っているの。これからの考古学の調査が進めば、「えっ、こんな国の人までエジプトに観光に来てたの!?」っていう、さらなる驚きの発見があるかもしれないね。ドローンやAIを使った最新の画像解析技術もどんどん進化しているから、これからの考古学の未来はめちゃくちゃ明るいよ!
TKちゃんのまとめ!
いやー、歴史って本当に面白いよね! 難しい顔をした学者さんたちが研究している「古代文明の交易ルート」の証拠が、実は2000年前の陽気なインド人おじさんが残した「〇〇参上!」っていう観光の記念カキコだったなんて、最高に人間味にあふれててワクワクするじゃない?
科学や考古学って、ただ昔のモノを掘り出すだけじゃなくて、何千年も前の人たちの「息づかい」や「感情」に直接触れることができるタイムマシンみたいなものなんだ。キミも次にどこかへ旅行に行ったら、チカイ・コランのことを思い出してみてね!(あ、でも世界遺産に落書きするのは現代では絶対にダメだからね! 心の中に刻もう!笑)
ソース:Live Science
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