SNSで「私」が消える?拡張認知とネット時代のアイデンティティ

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「自分らしさ」って、どこから来るの?

みんな、最近SNS見てる?TikTokやInstagramで、「私はこういう人間です!」ってアピールしてる動画、よく流れてこないかな?

僕もタイムラインを眺めていて、ふと「人間の自分らしさって、一体どうやって作られるんだろう?」って気になっちゃったんだ。

自分の好きな音楽、着ている服、よく行くカフェ。そういう「選んだもの」が自分を作っているような気がするよね。

でも、それって本当に「キミ自身」から生まれたものなのかな?今回は、現代の私たちが抱える「アイデンティティ」の不思議について、哲学や経済学の視点からガッツリ深掘りしていくよ!

「所属」から「消費」へ。アイデンティティの歴史的シフト

まずは歴史的な背景から見てみよう!昔の人たちは、自分のアイデンティティを「コミュニティの役割」や「内面的な特性」に見出していたんだ。

たとえば、「村の鍛冶屋の息子」とか「家族を支える長女」みたいに、社会の中でどんな役割を果たしているかが「自分」の定義だったんだよね。

やがて時代が進むと、フランスの哲学者サルトルが提唱した実存主義(※「人間には最初から決められた意味なんてないから、自分の行動で自分自身の意味を作っていくんだ!」という哲学の考え方だよ!)が広まったんだ。

つまり、「自分が何を考え、どう生きるか」が自分らしさの源泉だったわけだね。

でも、現代はちょっと違うみたいなんだ。インターネットやSNSが普及したことで、僕たちの「自分らしさ」の作り方が劇的に変化してしまったんだよ。

僕たちは「消費するもの」で自分を定義している?

イギリスの哲学雑誌『Philosophy Now』の最新号に掲載された、サラ・アスランさんの記事「Identity in the Age of Connectivity」に、すごく面白いことが書かれていたんだ。

彼女によると、今の時代は「自分自身の内面的な性格」よりも、「自分が何を消費しているか(特にオンラインで)」によってアイデンティティが形成されているらしいんだ!

TikTokの文化なんかを見ていると、それがすごくよくわかるよね。「〇〇オタク」「〇〇系ファッション」みたいに、自分が好んで見たり買ったりするコンテンツが、そのまま「自分」の看板になっているんだ。

「市場価値のある存在」になりたい私たち

さらに面白いのは、僕たちが無意識のうちに、自分自身を「売り物」のようにパッケージングしているってことなんだ。

現代は消費主義や競争、そして他人への羨望が渦巻く世界だよね。そんな中で生き残るために、人は自分のアイデンティティを幅広い層に受け入れられやすいように整えようとするんだ。

記事の中では、これを「市場価値のある存在(Marketable entities)」に形作ろうとする傾向だ、って指摘しているよ。

その結果、信じられないほど細分化された「ラベル」が大量に生まれているんだ。最近流行りのMBTI(16タイプの性格診断)や、「骨格〇〇」「イエベ・ブルベ」なんかもその典型だよね。

複雑な自分の個性を、わかりやすいタグにしてペタッと貼ることで、「私はこういうジャンルの人間です!」って他人にプレゼンしているわけだね。

自己アピールのための経済学メカニズム

これを経済学の言葉で説明すると、シグナリング理論(※自分の能力や所属しているグループの価値を、行動や持ち物などを通じて他人に発信するメカニズムのことだよ!)が働いていると言えるよ。

SNSのプロフィールに好きなブランドや趣味を並べるのは、「自分はこういう価値観を持つ、魅力的な人間ですよ」というシグナル(信号)を社会に向けて発信している行動なんだ。

でも、これって見方を変えると、自分自身を商品として広告しているのと同じだと思わない?

「特別になりたい」が招くアイデンティティのパラドックス

ここで、すごく不思議なパラドックス(※一見すると正しいように見えて、実は矛盾している状態のことだよ!)が発生するんだ。

みんな、「他の誰とも違う、唯一無二の特別な自分になりたい!」と思って、一生懸命ニッチなラベルを探して自分に貼り付けるよね。

でも、そうやって「わかりやすいラベル」を貼れば貼るほど、結果的に「分類しやすい大量生産品」の一部に組み込まれてしまうんだ!

これを経済学ではコモディティ化(※最初は特別だったものが、他との違いがなくなり、単なる「よくある日用品」のようになってしまう現象のことだよ!)と呼ぶんだ。

個性を極めようとした結果、企業やアルゴリズムにとって「ターゲット広告を打ちやすい消費者グループの一員」に成り下がってしまう。これって、なんだかすごく皮肉な話だよね。

なぜ僕たちはラベルを求めてしまうの?

じゃあ、どうして僕たちはそんな矛盾に気づかず、自分から進んでラベルを貼りにいっちゃうんだろう?

行動経済学の観点から見ると、そこには認知バイアス(※人間の脳が物事を判断するときに起こす、無意識の偏りや思い込みのことだよ!)が深く関わっているんだ。

特に強いのがバンドワゴン効果(※「みんなが支持しているもの」を見ると、自分も無意識にそれに乗っかりたくなってしまう心理だよ!)。

SNSで特定のラベル(例えば「〇〇診断でこのタイプだった!」)がバズっていると、自分もその枠組みの中でアイデンティティを確立したほうが「安心」だし「承認」されやすいと感じてしまうんだね。

引き返せなくなる「サンクコスト」の罠

さらに恐ろしいのが、サンクコストの誤謬(※すでに使ってしまって二度と戻ってこないお金や時間にとらわれて、合理的な判断ができなくなる心理状態だよ!)なんだ。

一度特定の「キャラ」や「ラベル」でフォロワーを獲得したり、コミュニティでの居場所を作ってしまうと、「せっかくここまで育てた自分のイメージ(投資した時間や労力)を捨てるのはもったいない!」って感じてしまう。

だから、本当は趣味や考え方が変わっているのに、無理して過去の「市場価値のある自分」を演じ続けてしまうんだ。これって、息苦しくなっちゃうよね。

繋がりっぱなしの社会で「自分」を取り戻すには?

現代は、常に誰かとつながっている「Age of Connectivity(接続性の時代)」だ。

この社会で生きている以上、完全に消費のループから抜け出したり、他人の目を全く気にせずに生きたりするのは、すごく難しいことだと思う。

でも、この理論の限界は「人間はパッケージ化された商品ではなく、常に変化し続ける複雑な生き物だ」ってことを見落としている点にあるんじゃないかな。

自分がどんなラベルを貼られているかを客観的に意識するだけで、SNSのアルゴリズムや消費社会の波に飲み込まれずに、少しだけ息がしやすくなるはずだよ。

TKちゃんの思考実験まとめ!

今回はちょっと難しい話もしたけど、キミはどう感じた?

僕たちの日常でも、こういうことってよくあるよね。例えば学校のクラスで「いじられキャラ」とか「しっかり者の優等生」みたいなラベルを貼られちゃうと、それに沿って行動しなきゃいけない気がしてこない?

SNSの裏垢をいくつも作って「いろんな自分」を演じ分けるのも、実はこの「市場価値のある自分」をコミュニティごとに最適化している証拠なのかもしれないね。

でもさ、人間って「これ!」ってひとつの単語で説明できるほど単純じゃないと思うんだ。矛盾していたり、日によって気分が変わったりするその曖昧さこそが、本当の意味での「自分らしさ」なんじゃないかなって、僕は思うよ!

キミの「自分らしさ」は、どんな要素でできている?たまにはスマホを置いて、ラベルのない自分について考えてみるのも面白いかもしれないね!

ソース:Philosophy Now

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